【揺れる民主化・1部社会】(4)宗教 生まれた少数派排斥

 「神は偉大なり」。約千人の男が叫び、友人をたたき殺した。石で頭蓋骨を砕き、山刀で腹をえぐる。2011年2月6日バンテン州チクシック。普段はのどかな農村で、イスラム異端派とされるアフマディヤの信者3人が虐殺された。信者の1人は体を震わせ、ビデオカメラを構えた。映像は全世界に流れ、多様性の中の統一をうたうインドネシアに疑問符を付けた。
 少数派の問題を放置するユドヨノ政権を傍目に、アフマディヤ信者やキリスト教徒の少数派は結束し始めた。写真や動画を通じて宗教寛容を訴えるイベントを開き、大統領宮殿や国会の前で抗議する。シーア派信者のエミリア・アズ・ラフマットさん(45)は「インドネシアには数えきれない信仰がある。問題を放置すれば足下から国が壊れてしまう」と警告する。
 民主化は、独裁政権に押さえつけられてきた強硬派による少数派排斥という新しい問題を生み出した。キリスト教徒が教会を追われ、イスラム少数派が襲撃を受ける。人権団体「民主主義と平和のための調査研究所(スタラ・インスティテュート)」の調べでは2010年が216件、11年が244件、昨年が264件と、宗教に絡む暴力事件は増加の一途をたどる。
 政府から資金援助を受ける半官半民の組織イスラム学者会議(MUI)はアフマディヤ信仰を異端とする宗教見解を出し、ムスリムにクリスマスをともに祝わないよう呼びかける。だが、穏健派イスラムの学術拠点「宗教間対話・平和のためのアブドゥルラフマン・ワヒド(グス・ドゥル)センター」のアフマッド・スアイディ代表は「言論の自由を保障する民主主義において、少数派排斥を唱える団体を批判するのは筋違い。政府が暴力を放置し、少数派を守る姿勢を示さないのが問題だ」と指摘する。
 スハルト独裁政権崩壊で地方分権が進み、自治体は独自の条例を出す。25の州・県・市で現在、アフマディヤの活動を禁じる地方条例がある。条例は信仰の自由を保障する憲法に抵触する恐れがあり、政府の対応を求める声が高まっている。だが、中央政府は2008年に共同大臣令を通じ、アフマディアの布教を禁じており、むしろ排斥を容認している。
 インドネシア・イスラムに詳しい小林寧子・南山大教授は、多様性を重んじた第4代大統領アブドゥルラフマン・ワヒド氏(グス・ドゥル)を「宗教・人権問題に無関心なユドヨノ氏と違い、強烈なカリスマ性を持って少数派をかばった」と振り返る。だが、少数派が懐古するグス・ドゥルについて「民主化が進んだ今、1人の指導者に頼るのではなく、社会全体で変えていく必要がある」と指摘した。
 「グス・ドゥルがいれば、こんなことにならない」。アフマディヤ信者のアフマッド・スパルディさん(60)は閉鎖されたモスクの前でつぶやいた。西ジャワ州ブカシ市は4月、アフマディヤの活動を禁じる共同大臣令を基にモスクを強制的に閉鎖した。
 「スラマット・ジャラン・パッ・プルラリスム(さようなら多元的共存の父)」。グス・ドゥルが亡くなった時、送られた言葉だ。多様性あふれるインドネシアはどこに向かうのか。(上松亮介、写真も、つづく)

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