【性同一性障害を歩む】(上) これが私の生きる道 居場所探し、日つなぐ
心と体の性別が一致しない性同一性障害者「トランスジェンダー」を社会的に認めようとする動きが、同性間の恋愛や性交をタブー視するムスリムが多いインドネシアで広まりつつある。西ジャワ州デポック市に初めて開かれたトランスジェンダーのための高齢者養護施設に、社会省が4月から6カ月間にわたり生活費を援助すると発表した。葛藤しながら、日をつなぐトランスジェンダー。自分なりの生き方を追い求める姿があった。
週末の午後11時、中央ジャカルタ区メンテンの通りにトランスジェンダーの「売春婦」が立ち並ぶ。2時間かけ化粧した真っ白い顔を街灯で赤銅色に染めたアレクシス・スーサン・パリマさん(20)が車に近づき、運転手の男に笑みを投げかける。ヒールがコンクリートの地面をたたき、高い音が響いた。
トランスジェンダーの多くが仕事を見つけるのに困っている。最も多い理由がその外見だ。体は男性でも、スカートを履きたいし、女性として恋もしたい。トランスジェンダーの問題に足掛け20年携わってきた社会省少数派サービス対策課のエナン・ロヒアナ課長は「彼らは女性以上に美意識が高く、自尊心が強い」と話す。
美容院の手伝いや行商の収入がせいぜい1カ月100万ルピア(約9800円)なのに対し、路上の売春は客1人50万〜100万ルピア。手っ取り早く日銭を稼ぐことができ、交際相手に巡り会えることもある。スーサンさんは700万ルピア以上稼ぐ月がある。カネがあればスマトラ島の親に仕送りすることができ、トランスジェンダーの自分を受け入れてくれることにもつながる。経済的に自立し「毎日自分のやりたいことをやっているだけ」。
デポックの高齢者養護施設に暮らすオマ・ヨティさん(69)=本名ダウッド・オマ=は売春でつないだ若い日々を振り返る。近所付き合いを大切にする警察官の父セフネットさんはトランスジェンダーであることを叱り、暴力を振るった。18歳、たまらなく家を飛び出したが、行くあてはなかった。
数年間、海外に滞在したこともある。イスラム国マレーシアでは警察に摘発された。50歳。もう若くない。これを機に売春をやめることを決意した。自分の将来に焦りを感じていた。
交流があったトランスジェンダーの活動家に誘われ、養護施設に入った。同じトランスジェンダーの友人と過ごす施設の生活は寂しさを感じさせない。自室には女性用の服や雑貨が並ぶ。木箱には今でも父の写真を大切に保管している。父は2000年、95歳で亡くなった。もう一度会いたかった。「自分を認めてくれなくても愛していた。だって父親だもの」(つづく)(上松亮介、写真も)
◇インドネシアのトランスジェンダー
トランスジェンダーはインドネシアで、女性(wanita)、男性(pria)を合わせた造語で「ワリア(waria)」と呼ばれる。国際組織「男性の性的健康に関するアジア太平洋連合」がインドネシアに約3万5千人いるとする一方、国内団体は約700万人とするなど正確な統計はない。同性愛を禁じるムスリムが人口の約9割を占めるインドネシアでは、イスラム強硬派団体がトランスジェンダーのコンテストや集会を取りやめさせるなどしてきた。
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紙面で紹介できなかったトランスジェンダーの人たちの写真を、じゃかるた新聞のウェブサイト、フェイスブックアカウントで公開しています。
◇関連写真グラフ
【性同一性障害を歩む】 (2013年03月20日)
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